「頑張らなくていい」と言われる本当の理由|頑張らないと仕事や人生はどうなる?

「頑張らなくていい」と誰かに言われたとき、あなたは何を感じますか?

「これ以上、もう努力しなくていいんだ」と安堵する人もいれば、「楽ができてラッキー」と考える人もいるでしょう。人それぞれの多様性を認める風潮にあって、「頑張らなくていい」と「頑張らない方がいい」の区別が付けられない人が増えています。

同じように聞こえるかも知れませんが、実はどちらに解釈するかで今後の人生や仕事のキャリアに大きく影響します。では、似たように感じるこれらの違いは何なのか、わかりやすい解説していきます。

「頑張らなくていい」と「頑張らない方がいい」

結論から伝えると、「頑張らなくていい」と「頑張らない方がいい」の違いは、前者が発言者自身のため、後者があなた自身のためを思った言葉です。つまり、「これ以上、もう努力しなくていいんだよ」というあなたへの優しさから出る言葉は「頑張らない方がいい」なのです。

多くの場合、これらの言葉は文脈が大きく異なります。「余計な仕事が増えるから、頑張らなくていい」はあっても、「余計な仕事が増えるから、頑張らない方がいい」とは言われないですよね。後者でも意味は通じますが、実際にこのように表現をする人は少ないと思います。

一方で、「身体が壊れるから、頑張らなくていい」と「身体が壊れるから、頑張らない方がいい」は同じニュアンスですが、後者は「~~だから止めておいた方が良い」という心配から来る言葉で間違いないため、あなたを思っての発言であることは明確でしょう。

「頑張らなくていい」と言われる理由は、あなたが頑張ることが誰にとって都合が悪いためです。「都合」とは、何かとの関係や事情のことであり、やり繰りすることを指します。もちろん、そこにはあなたの健康を気遣っての意味も含まれますが、同時に、発言した人にも影響する何かがあるのでしょう。

例えば、仕事で「頑張らなくていい」と言われたら、その相手の関係値を考えてみてください。上司や先輩なら「自分の仕事や評価にも関わるから」というニュアンスが暗に含まれるでしょう。決して悪い意味ではなく、仕事上の関係である以上は、事実として多かれ少なかれその意味は含まれてしまうということです。

だからこそ、仕事で「頑張らなくていい」と言われても、その優しさを素直に受け取れない人がいるのです。頑張らない自分を認められない理由は、それによって誰かにメリットが生まれるかもしれないという不安から来るものです。

「頑張らない方がいい」と言われる理由は、あなたに何かを諭したいためです。「諭す」とは、物事の道理をよく言い聞かせてわからせることであり、そのまま頑張ることが賢い判断ではないことを伝えようとしています。

「怪我をするから止めた方がいい」という言葉で例えるとわかりやすいと思いますが、「○○と△△なら、○○の方がいいよ」と天秤にかけた上での結論を述べているのです。「~の方がいい」とは、あなたのためを思った冷静な判断として出た言葉の場合が多いでしょう。

もし上司や先輩から「仕事は頑張らない方がいい」と言われたら、その会社で頑張っても努力が報われないのか、自身の経験から察してあなたのことを気遣っているのか、「損をしてほしくない」というメッセージが含まれているはずです。

「頑張らなくていい」と言われて違和感がある理由

これらを踏まえると、「頑張らなくていい」と言われて違和感がある場合は以下の理由が考えられます。

  • 「自分のために言われてたのではない」という疑い
  • 頑張らない方が上手くいくことなんてないという不安
  • 頑張らないこと自体への抵抗

「頑張らなくていい」という言葉を素直に受け取れない人は、良くも悪くも真面目な人が多いです。不真面目な人は、自身に省みる点があっても、都合の良いように解釈してサッサと受け入れてしまうでしょう。

しかし、それでは人は成長しませんので、今「頑張らなくていい」に抵抗がある人はブレイクスルーのきっかけを得ようとしているかもしれません。

「頑張らなくていい」は、時として残酷な言葉にもなります。人は心も身体も負荷を受けて、それを克服することを繰り返して強くなっていきます。一度もミスをせずに生きられる人間はいません。必ず誰しもが失敗から学び成長し、「できなかったこと」を「できること」に変えながら、人生をより良くしていきます。

「頑張らない」とは、抵抗に対して反発しないということであるため、負荷を受け流すようなものです。筋トレでいえば、重いと感じたトレーニングはしないわけなので、当然ですが筋肉はつかず身体は強くなりません。心も同じで、色んな出来事に対する耐性をつけないと弱いままです。

つまり、頑張らない自分は成長が止まった状態ともいえるため、「自分のために言われてたのではない?」という疑いが生まれてしまうのです。本当に自分のためを思うなら、敢えて「頑張れ」と言ってほしいと本心では願っているのかもしれませんね。

繰り返しになりますが、人生は頑張らなければ前に進みません。頑張る=努力するということであり、困難に直面するたびに逃げていたら、逃げ続けるだけの人生になり、いつしかその逃げ場も立たれてしまうでしょう。人によっては「逃げるという頑張りも必要だ」と言うかもしれませんが、それは大きな間違いです。

逃げることが悪いのではなく、それが適切な判断のときもあります。間違ってはいけないのは、「頑張る」とは忍耐して努力しとおすことであり、自分の都合を押し通すことではないということです。何かから逃げる時、それが将来の自分のためと信じて疑わないのであれば良いでしょう。しかし、そうではないなら、今楽な道を選びたいだけの誤魔化しです。

そのため、「頑張らない方が上手くいくことなんてない」という不安を感じるのは正しい反応です。大切なのは、その不安も正しい感覚であると認めたうえで、自分がどうしたいのかを改めて考えてみることです。

勉強も運動も、誰しも子どもの頃から何かを頑張り続けて今があります。それなのに、今さら頑張らなくていいと言われても抵抗を感じるのは当たり前の感覚です。言い換えれば、今まで頑張り続けてきた自分が、一回頑張ることを止めてみるタイミングなのかもしれません。

経験に勝る教材はありません。どんなことも、自分自身でやってみなければ本当の価値や意味はわからないままです。「頑張らないことの価値」がイメージできないのであれば、それはやったことがないからです。であれば、どうなるかは未知数でも、遅いよりは早い方がいいということで、「頑張なくていい」を実践してみるのも賢い選択でしょう。

本当に「頑張らない」とどうなる?

頑張らないことを経験していない人からすると、その言葉を真に受けて行動したらどうなるのか不安でしょう。本当に「頑張らない」とどうなるのか、その答えは「どうもならない」です。

人は失敗から学び、成長していく生き物です。本当に頑張らなかった結果、もっと大事なことに気付いて今までとは違う方向性で頑張れるようになる人もいれば、頑張らない自分も経験したうえで「頑張る自分」を選ぶ人もいます。

前述のように、最も大切なのは良いも悪いも自分自身で経験した方が早いということです。選んだ道しか知ることはできないため、他人にどうこう言われたとしても、自分が起こした行動があなたの人生のすべてです。だからこそ、頑張らくても「どうにもならない」のです。

どんなことにも『よかった』は存在する

何かに失敗してメンタルが落ち込んだ時は、自分の将来について深く考える機会です。言い換えれば、「このタイミングで悩んでよかった」と自分を褒めてもよいということです。

仕事に限らず、どんな悪い出来事にも『よかった』は存在します。大切なのはそれに気付けるかどうかです。仕事に行きたくないと悩んだことで、逆に『よかったこと』は何でしょうか。

  • もっと成長しなきゃとモチベーションが高まった
  • 乗り越えたことで耐性ができた
  • 糧としたことで前よりも精神的に強くなった
  • 仕事への価値観や人生について考えることができた

考え方次第で色んな『よかったこと』が出てきます。どんなことにも相反する事実があることを忘れないでください。もし『よかったこと』に気付けそうになければ、気付けるようになるための考え方を醸成してきましょう。もし自分一人では考え方を醸成できない人は『陽転思考』を学んでみてください。

陽転思考とは、ネガティブな事実からも「よかった」を探す思考法です。ネガティブな感情を許可し、それらを受け入れてから切り替えるという方法であり、マイナスのことを否定しません。良いとか悪いという二元論ではなく、「すべての事実はひとつですよ。見方を変えて見ましょう」という考え方であり、ビジネスにおいても重要な考え方になります。『日刊ワダビジョン』は、陽転思考に繋がる仕事やコミュニケーションにおける本質を知れるメルマガになっていますので、この小さな一歩から皆さんの人生が前向きになることを願っています。

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