納豆をおいしそうに食べる人が好きだったときのこと。

どうも わだです。

■ 私は関西人なので、
納豆がもともとは
苦手でした。

けど
今は大好きなんですよね

なんで食べられるようになったかというと
上京してきて
はじめて付き合った人が
よく納豆を食べていたからです。

べつに私に
「これおいしいから
 まずは食べてみなよ」とか
そういう強要はいっさいなく

ただただ
おいしそうに
食べるわけです

ときに卵をいれて
ときに、シソを刻んだりして。

納豆などを
食べるほうがおかしいと
思っていたのに
あまりに
おいしそうに食べるのを
見ていると
食べない私のほうが
おかしいのじゃないかと
思うようになり、
食べてみたんです。

でも、まずかった

それでも
やはり
あまりにおいしそうに食べる姿を
確認すると

「おいしいと
 わからない私が
 おかしいのではないか?」と思って

おいしさを発見するまで
食べてみようとして
それで、ほんとうにだんだんと
味になれてきて
「なるほど、うまみがあるのだな」と
わかるようになったんです。

■ さて、先日も講演先で

「前向きになって欲しい人がいます
 けれど(陽転思考を)話しても
 わかってもらえないです
 どうしたらいいですか?」と
質問を受けました。

これ、納豆と同じなんです。

私はいまだにレバーが
大嫌いなんですが

最初に臭いだけも
うげってなっていたときに

「これ、おいしいって、
 食べないと損するよ
 こんなおいしい物を食べられないって
 おかしいよ。きっと君は
 新鮮なものを食べたことないからだ」と

すごい強要されて
いやいや無理矢理に
食べさせられて
やっぱりダメで気持悪くなって
もう吐きそうになった経験があるんです。
気分も最高に不快でしたし。

以降、レバーに似ている食感
(だと推測する)
ウニ、フォアグラ、あん肝なども
一切ダメになっちゃいました。(笑)

■ 相手のためを思って
なにか言いたい、
こうしたほうがいい
ああしたほうがいい
って、言いたくなることきがあるけれど
相手の心の準備が
まだ整っていないとき
相手は他者からのアドバイスを
「あなたは間違っている
 私が正しいんだ」というニュアンスに
受け取ってしまうことがあるんです。

それが相手を
思う、思いやりであっても。

だから、私が
納豆を好きになったように
根気よく
地道に楽しそうにしていること。
わくわくしながら
私はこの生き方が好きなんだって
こっちが楽しいんだって
その人の隣で
身体中で表現していくことって大事なんです。

そうしたら
天岩戸からアマテラスさまが
おもてを覗いたように(古事記のね)

人は、ようやく
行動を変えるのだと思うのです。

私は
私のとなりで
おいしそうに納豆を
食べていた人に
今とても感謝しているし
やっぱりあのとき
その人が
とてもとても
好きだったと思うのです。

わだ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうだ!!!大事なニュース。
今週の13日の金曜日より
「長崎レモンステーキフェア」がはじまります。
ポプラ社さんのイタリアンレストラン「スペッキオ」他で
食べられる。

そう、
こちらに関してもとくに
「食べたほうがいいよ!」と強要しなくても、
または「おいしいおいしい」とおいしそうに
食べるのを見せなくても
たぶんもう
この写真だけで
肉好きの通にはわかりますよね、がるる。

IMG_9209

あ〜〜どんな味が言いたい!!!(笑)

(ポプラ社 奥村社長とスペッキオシェフ)
IMG_9211

あらためて
ではね。

わだひろみ

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納豆をおいしそうに食べる人が好きだったときのこと。へのコメント

  1. わださんよりわださんらしい さんより 2016年1月30日 1:25 AM

    わくわくしてみる。なかなか納豆を納得までは、試したい気持ちがないと。
    今度の仕事やる気が無かったけど、自分がワクワクするしかない。そう感じました❗

    愚痴は終わってから、吐いてやる❗

    返信

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